備忘録

日々の切り取り、本からの抜粋
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| 2011.04.01 Friday () | - | - | - |
些末なおもいで [埜田杳]
 
そうして、悟った。
本当に哀しいのは、消えてしまった瞬間ではないのだ、と。本当に哀しく、堪えがたくなるのはその後流れ続ける日常なのだ。
矢鳴が消えても日々朝は訪れ、眠れない夜は明け、私は夜になるのを憂鬱に思う。私が寝返りを打つ頃誰かが熟睡したすっきりした頭で朝を迎える。矢鳴が学校を辞めても何も変わらなかったように、彼が消えても何も変わらない。「変わらない」。そのことが残酷に思えた。矢鳴がいなくなってしまったのに、何も変わらないというのか。
言い訳のように哀しいのに、と繰り返し呟く。それでも私はこれからも生きていける。そのことだけ、妙に確信を持てた。持てたことが、いやだった。変わらないのは、私だった。
私はこれからも大学に通う。そのうち卒業して、就職するだろう。そうした日々の中で、矢鳴の痕跡は薄れ、矢鳴を思い出すことは少なくなる。私は、そんな自分を認めたくないのだ。そんな自分が判っていることを、苦しく思う。
悲しみの底に沈み続けていられない自分を、一ヶ月もしないうちにお笑い番組なんかを見て笑ってしまう自分を、私は哀しんでいるのだ。矢鳴の不在によって浮き彫りにされるそういったもろもろの真実に、私は涙するのだ。



| 2011.04.01 Friday (19:12) | は行 (その他) | comments(1) | - |
生きてるだけで、愛。 [本谷有希子]
 
たとえばどこかのカラオケでわたしのカルピスだけが異様に濃かった時。どこかの駅であたしの切符だけがなぜか受理されなくて改札に挟まれてしまった時。あたしはあたしの隠すような誰かに「見抜いているぞ」と言われている気がする。「お前がみんなと同じふりをしてまぎれていることは分かってるぞ」と警告されているんじゃないかと錯覚することがある。
地面を踏んでいるはずなのに足元には何もなくて、そもそもあたしの周りには触れるようなものが一切なくて、自分には何にもつながってないんじゃないかと甘っちょろい妄想で押しつぶされそうになるのだ。その瞬間は生活していると絶妙なタイミングで現れて、社会に出ようとするあたしの目を定期的に覚まさせていく。

「あのさ、これはあたしの直感なんだけど」津奈木のセーターに顔を埋めながら、半分独り言のように言う。「北斎が五千分の一秒の富士山を描けたのって、やっぱりその瞬間お互いの中で何かが通じ合ったからだと思うんだよね。だって北斎より富士山のことを分かろうとした人間ってたぶんいないだろうし、富士山は富士山で自分のことを何から何まで知ってもらいたくて、ザッパーンの瞬間をわざと見せつけたはずなんだよ絶対」
ゆっくりと体を離したあたしはコートを脱ぎ捨てて反転し、屋上をまっすぐ走り抜ける。首都高側のフェンスまで勢いよくたどり着いてから、オレンジ色の光を背中に受けるようにして浴び、振り返った。何もない暗闇を背景にして立っている津奈木に向かって、トラックの騒音にかき消されないよう大声で叫ぶ。
「あたしはもう一生、誰に分かられなくたっていいから、あんたにこの光景の五千分の一秒を覚えてもらいたい」
涙と鼻水が一緒に流れてひどいざまだ。津奈木は言われてることが理解できないのか光を反射させた眼鏡でじっとこちらを見ている。
「あたしがあんたとつながってたと思える瞬間、五千分の一秒でいいよもう」
緑色の吐瀉物を出して、この先何ともつながらなくて、五十歳になったあたしの頭がやっぱりおかしくても、雪降る屋上で首都高をバックに全裸で立っているこの自分の姿が津奈木にとっての富士山だったら、それで満足してやる。
「どうなのよ、そういうの」
両手両足を広げたあたしを眺めた津奈木は「いいと思うよ」とどこか熱に浮かされたような声色で返事する。トラックの走り去る振動を感じながら、本当は津奈木にあたしのことを何から何まで全部全部全部全部理解してもらたら最高に幸せだったのにと思うけど、あたしが自分のことを何も分からないんだから、それは無理な話だ。あたし達が一生ずっとつながっていることなんかできっこない。せいぜい五千分の一秒。




| 2011.03.14 Monday (05:38) | ま行 本谷有希子 | comments(0) | - |
恋文の技術 [森見登美彦]
 
詩人か、高等遊民か、でなければ何にもなりたくない 



| 2011.02.09 Wednesday (03:31) | ま行 森見登美彦 | comments(0) | - |
少年少女飛行倶楽部 [加納朋子]
 
「あの子の悪口ってさ、闘う武器でもあるけど、実は花束でもあるんだよね」
「花…束?」
「私と仲良くしてねって差し出すプレゼント」

「時に、ちょっと聞きたいんだけど」
引き継ぎのついでのように言われた。
「はい」
「僕たちって、付き合ってるの?」
瞬間、私はバーナーのように顔から火を噴いた。
「・・・・・・何で、急にそんなこと言うんですか?」
すると先輩は真顔で言った。
「いや、何だか最近よくそんなことを人から聞かれるんだよ・・・・それで、もしそうならいいなって思って」




| 2010.12.05 Sunday (02:48) | か行 (その他) | comments(0) | - |
ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね [岡崎京子]

ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね。
いや、ぼくは何だかすべてを忘れてしまうと言った方が正確だろうね。君はぼくのようには多分忘れないし、他の人々もきっとぼくのようには忘れないだろう。多分、きっと、みんなそれぞれの容量の記憶力と忘却力をもってそれぞれ忘れているんだろうね。
 
ああ、でも、こうなってくるとすべてを忘れてしまうなんていうのは嘘ね。ただ、「すべて」って言えばうっとり自分が上出来になった気がするじゃない?言葉って不思議ね。言ったとたんになにかを着地させた気分になってしまうもの。

わたしたち、なんでここで一緒にいるのかな?あなたなんていなくなっちゃえばいいのにな。この世から。そしたらわたしはとても平和でしょうに。今日はわたしの誕生日じゃないの。忘れてた。早く三年後にならないかな?そしたらわたしはきっと誰か別のひとと誕生日を過ごしてて、あなたのことなんてすっかり忘れているのよ。




| 2010.11.18 Thursday (04:58) | あ行 (その他) | comments(0) | - |
男と点と線 [山崎ナオコーラ]
 
左手で、右耳に髪をかける仕草が好きだ。耳はこの世で一番クールな髪留めとして、頭の両脇にくっ付いている。

私は今、二十二歳で、処女で、男友達は多いが恋人はおらず、就職先は決まっていない。
自由が完成されていないというのは素敵な気分だ。完成品じゃないがゆえに、足がすくむけれど、進みたい。自由につぶされずに、満喫したい。

完璧な笑顔の、モナリザ。
一生のうちに一回でも、誰かがこの微笑みで自分を見てくれたなら、それだけで生きていけるだろう。
見る人が何かを感じるようにと願うだけでなく、巧妙に計算を加えて訴える表現。
肩の丸さ、首の引っ込み具合、顔を左側の陰影、胸の谷間、ハゲぎりぎりのおでこ、今にも落ちそうな服。
現実にはない、女の顔だ。
しかし、誰もが頭の中に持っている、形式上の女の顔だ。

女の子になんて生まれるんじゃなかった。「リボンの騎士」みたいに、私も男の子の心を持って生まれてきてしまったのではないだろうか。男の子になりたい。
もしも男の子だったら、男の子と平気で友達になれるだろうし、周りからとやかく言われることもないし、彼女がいるとかいないとか何も気を遣わなくて済むし、相手ももっと気兼ねなく私と喋ってくれるだろう、と思うと、男の子っていいな。
男の子と仲良くなりたいと思ったら、彼女になるしかないないなんて、女の子でいることは本当につまらない。

男の子との会話は面白い。それに反して女の子と話すのは苦痛だ。女の子同士の会話内向的で保守的で、「人生を自分で切り開こう」とか「自分で何かを考え出そう」という意欲に乏しい。周りに優しくするだとか、自分がおしゃれするだとか、パートナー探しをするだとか、そんなことが大事らしくて、私は付き合いきれない。自分の価値観を周りに合わせて、何がやりたいのか。恋人作って子供を産んで、それが大人なのか。絶対に、違う。大人の定義は、もっと違うところにあるはずだ。せっかくの人生なのに、どうして「まったく新しい考え事を始めよう」と思わないのか。「誰も思いつかなかった新しい関係を築こう」としないのか。



| 2010.11.18 Thursday (03:26) | や行 山崎ナオコーラ | comments(0) | - |
ミタカくんと私 [銀色夏生]
 
「何かから逃げるために、新しい何かに飛び込むのは、結局、ダメだよね。逃げたい何かに決着をつけてからでないと、どんなに環境を変えてもついてくるんだよね。逃げても、ついてくる。いつまでもついてくる。どんなに遠くへ逃げても。
---そう、新しい環境は、まるで自分を一から変えてくれるかのように見えるけど、実はそうじゃない。どんなに新しいところへ行っても、自分が変わらないと気分は変わらない。暗い気分を明るくするには、暗くしている問題を解決しないといけないんだ。明るく輝く光の下に立っても、心は明るくならない。逆に暗さが目立つだけ。心の中の暗いところをどうにかしてなくすために、その暗さの中へ入っていかなくては。心を暗くしている問題を解決するって、まるで人生の試練だね。
そうか、これが人生というものか
---私は戦うわ。何と?
私の心を暗くするさまざまな問題とよ。ひとつひとつ、問題点をはっきりさせて、決して逃げず、からまった糸をほどくように、しっかりと見つめて、注意深く、忍耐強く、前へ進むために、問題を解決するわ」

いろいろと考えてみると、確かに、人は、自分の思いたいように物事を受けとめるという傾向がある。
だからってわけじゃないけど、しばらく、客観的に生きてみようと思った。これからしばらくは、水槽の中から外を見るようにすごそう。



| 2010.08.13 Friday (05:06) | か行 (その他) | comments(0) | - |
ZOKURANGER [森博嗣]
 
「ちょっとよろしいでしょうか」永良野乃が前に進み出た。「お言葉を返すようですが、馬鹿みたいな、という表現は、先生のどんな潜在認識によるものでしょうか、私には理解できませんでしたので、ご説明をお願いしたいと思います」



| 2010.08.13 Friday (04:45) | ま行 森博嗣 | comments(0) | - |
古道具 中野商店 [川上弘美]
 
じゃ、と言ってタケオが立ちあがった。玄関のところでタケオはわたしの耳にくちびるを寄せた。キスするのかと思ったが、ちがった。くちびるを寄せてタケオは、
「おれ、セックスとか、苦手なんす。すいません」と言った。
わたしがぽかんとしている間に、タケオは扉を閉めて行ってしまった。しばらくしてから我に返った。コップと皿を洗いながら、そういえばアンチョビの少ない部分をタケオは選んで食べていたな、と思った。腹を立てるのがいいんだか、悲しむべきなのか、笑えばいいのか、ぜんぜんわからなかった。



| 2010.08.13 Friday (04:36) | か行 川上弘美 | comments(0) | - |
ようちゃんの夜 [前川梓]
 
絢子とは、仲が良かった。入学してすぐ、お互いを知らない私たちは、お互いを知りたいと思っていることを同じ教室の中で目を合わせるたびに気付き続けた。絢子の黒い髪や大きなつり目にわたしは惹かれて、絢子は絢子で、「亜沙子の肩までの絶妙な長さの髪」や、「笑うたびにマンガみたいな形になる目」にずっと惹かれていたのだそうだ。
最初に話しかけてきたのは絢子で、「その時の言葉はこんなものだった。「買い物はいつもどこでするの?」マスカラは何番のを使っている、とか、彼氏の誕生日プレゼントを何にしよう、とか、このお菓子のチーズ味が好きだ、とか、そういうことを、私たちはそれからよく話した。私にとって絢子は、とても仲のいい友達。絢子にとって私も、きっと、とても仲のいい友達だ。私は絢子を、好きだ。誕生日に、私の欲しがっていた石鹸をいくつもラッピングしてプレゼントしてくれたのも絢子だったし、一人で泣いちゃだめだよ、そう言って顔を覗き込んできてくれたりしたのも絢子だ。けれども、私はどうしたんだろう。私は絢子の、箸を持つ右手の指に苛立っている。鈍く揺れる黒い髪の毛に苛立っている。目の前で小さく震えるタランチュラのような睫毛に、苛立っている。絢子の普通というものに、今すぐ、鋭いドリルでいくつものヒビを入れてやりたい。私は自分の中でカサカサと這い回る虫を押さえつけるために、唇だけで少し笑った。



| 2010.07.20 Tuesday (03:43) | ま行 (その他) | comments(0) | - |
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